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理念
はじめまして、ミルキク代表の森永です。
病院で学生さんや研修医の子たちを教えていると、言いたいことがうまく言語化出来ていないな、考えながら自分から動けない、など感じることが多くありました。
彼らは素直で患者さんへも優しく、真面目で、勉強もしています。医学的な知識や技術とは少し違うポイントなんだよな・・・、と漠然と感じていたものの、個別の対応は示せず、あまり彼らの成長に貢献できていないような、もどかしい思いをすることが少なからずありました。
背景を分析していくと、どうやらそもそも日本の国語教育不足に起因する言語力の不足、が背景にあるのでは?という仮説がうまれました。皆様の実感とも一致すると思いますが、医師になる前の広い意味での卒前教育(小学校〜医学部教育まで含む)で主体的に観る、聞く、考えるといった技術を訓練する機会は日本ではほとんどないのではないでしょうか。
国家試験の存在感も大いとは思いますが、大学では知識伝授型の授業がほとんどです。そして卒後は専門知識や技能の習得に忙しく、そのような体系立てて学ぶ場はますます少なくなります。
試験問題というものは示された条件は疑いようもない絶対的なもので、かつ提示されていない情報が解に影響を与えることはなく、必ず正解が導き出せる、などの大前提が隠れています。
一報、実際の臨床現場では診療に必要な情報を、問診や診察をしながら主体的に自分で考えながら収集する所から始まります。そして集めた情報の信頼性は誰かが保証してくれるわけでもなく、また判断を下すために必要十分な情報が集まったかどうかを宣言してくれる神のような絶対の存在はありません。
自分も当時はそうでしたが、若い先生たちは例外なく机上の問題と現場のギャップに苦しむようです。
現時点でそういった主体的に学び、考える”言語力”は現場で経験を詰めば自然と身につく、と特別な対処は施されずに来ました(なお欧米では読み書きの技術や論理的思考、創造的思考、批判的思考が高校までに徹底的に指導されるとのことです・・・)。
でも言語力は”技術”であり、系統的に学べば短期間で誰にでも身につきます。またコツや気付きが得られれば日常生活や学業、実習とも相乗効果を示しながらそれぞれを自主的に高め合い、学び続けることが出来るものです。
むしろ学ぶ・身につけるのは、早ければ早いほど良いと言えるかも知れません。
私は、このような経緯から医学部在学中に効率的に言語力を高める教育手法はないだろうか、そしてどうせやるなら楽しく出来ないだろうか、と古今東西、また分野をまたいで教育手法を逡巡しました。
そこで出会ったのが題材としての”アート作品”、そして”対話型鑑賞”だったのです。
医学的な素材は扱う場合はどうしても”答え”がある種ついてきてしまい、答えが出るまでの”過程”がないがしろにされる傾向があります。
でも芸術作品には唯一無二の鑑賞の正解などはありません。
医療においても、自らの観察や対話で得た定式化できない情報からさまざまな洞察を得て、質の向上を目指していきますが,未知のアート作品に対峙し、読み解く際の姿勢は実に親和性が在るような気がしませんか?
当事業では芸術作品を題材とふんだんに用いながら、
① 問いを立て自ら試行錯誤することで、診療の基盤ともなる言語力を高める。
② 様々な視点や価値観に触れることで他者への理解・寛容性を高めコミュニケーションを円滑にする。
③ 自ら、考え、決めていくために、己の判断のものさしとなる感性や美意識を涵養していくきっかけとする。
新しい教育プログラムを提案していきます。
森永康平
(経歴等はこちらをクリック)
学歴:
2004年 3月 長崎県私立 青雲学園 卒業
2011年 3月 筑波大学医学専門学群医学類 卒業
2020年 4月 京都芸術大学 学際デザイン領域 芸術環境専攻
(修士課程)入学・ MFA(芸術修士)取得を目指す
職歴:
2011年 長野県 組合立 諏訪中央病院
初期研修医・内科系後期研修医として在職
2016年 同病院を退職
2016年 総合診療科 助教として入職し現在に至る。
ICT、外来医長、卒前教育部長など兼務歴あり。
趣味:
・食べ歩き、食材の調達、お取り寄せ、レビュー投稿
・読書(絵本〜学術書、ビジネス書 < 漫画)
・映画
・サーフィン(ネット)
対話型鑑賞とは?
〜 次の絵画を見てみましょう〜
「この絵はダ・ヴィンチが1500年代に描いた板絵だ。スケールの大きな画面構成,繊細な立体描写,神秘的な雰囲気で,空想的な風景に座る女性を描いた肖像画としては初期のもので…」
という知識を学ぶ・教わるのが従来の美術の授業や鑑賞教育でした。
一方,対話型鑑賞は,自分の眼でじっくり観て,気づきや感じたことを言語化し、周りと共有することから始まります。
「女性の右側にみえるのは橋?」
「左右で水平線の高さが違う?」
観ることに徹することで、初めて生まれる気づきも多いのではないでしょうか。
気づきや理解,解釈を更に深めるのはファシリテーターによる
「どこからそう思う?」
「他に何か気づいたことは?」
という質問とグループでのやり取りです。
このように,対話型鑑賞では「みる」「聞く」「話す」「考える」といった答えを出すための土台となる言語力を徹底的に訓練していきます。
1980年代に従来の知識偏重の鑑賞教育への疑問からニューヨーク近代美術館で開発された美術の鑑賞法が対話型鑑賞(VTS:Visual Thinking Strategiesとも呼ばれる)です。
日本でも2000年前後から福のり子氏を中心に教育普及活動で知られるようになりました。
医学教育になぜ対話型鑑賞が必要か
医学とは一見無縁な芸術作品を扱うことに疑問があるかも知れません。しかし芸術作品はそもそも言語化できない対象に対するアプローチの結晶でもあり,”解が存在しない”ことにこそ良さがあるのです。自らの観察や対話で得た定式化できない情報から、さまざまな洞察を得て医療の質向上に繋げるのは、芸術作品に対峙し、読み解いていかんとする際の姿勢に近しいものがあります。対話型鑑賞は言語力向上の訓練にもなり,問いを立て自ら試行錯誤しながらアプローチする姿勢も獲得できます。作品、そしてグループでのやり取りを通して多種多様な視点や価値観の気づきにも繋がり,これからの医学教育の題材として最適解とも言えるのではないでしょうか?
医学部の授業では,医学における高度の専門化や細分化のために医学知識の伝授に比重が置かれている現状があります。文部科学省では,学習指導要領の改訂による主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)の視点が提示されていますが、これらの教育が徹底された学生が医学部に入学してくるのはまだ先のようです。
社会が複雑化する中で,多様な背景・文脈を持った患者さんを診る機会は増えるでしょう。しかし,予測できない状況に対して目を背けずに自ら得たい情報を探り,患者さんの家族や医療チームとも対話しながら主体的に最適解をデザインしていく能力は今後ますます必要になります。
医学教育で対話型鑑賞を早期から率先して取り入れること,またそのエッセンスを日常の医学教育に取り入れることは時代のニーズに沿っていて,これまでの手法にない効果が期待できるのです。
国際的な医学教育の流れ
世界的にも,医学部カリキュラムにHumanities(人文科学)を取り入れて幅広い知識を学び総合的に考える医師を育成しようとする傾向が,ここ30年程でますます強くなっています。これらは,以前の教育における観察トレーニングの不足や医学知識の偏重による「病気を診て人を診ない」状態への反省の結果と言えます。
2017年に米国,カナダ,オーストラリア,イタリアで行われた調査では実に70もの大学が芸術を扱った科目を取り入れており,決して目新しいものではなくなっています。特に欧米諸国では大学敷地内に美術館や博物館を併設しているケースも多く,タイアップすることで学習の充実につながっているようです。
所蔵の芸術作品を題材に,前述の対話型鑑賞(VTS:Visual Thinking Strategies)等の手法等を用いて,1〜2時間/回を10コマ程度,期間を絞り集中的にワークが行われているようです。 対話型鑑賞やそのエッセンスを取り入れた手法は我が国の医学教育においてブルーオーシャンであり,今後の展望に大きく期待できるでしょう。