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理念


医療現場の「見えない壁」


「私が医師として10年を超え、若手医師や学生の指導にあたる中で、ある歯がゆさを感じていました。彼らは熱心に学ぶ一方で、その視線は手元のPCや電子カルテにばかり向けられ、患者さんが発する重要な『表情』や『しぐさ』といった、その時しか観測できない刹那(せつな)的な情報を見逃していることが少なくなかったのです。データだけでは伝わらない患者さんの『思い』や『感情』。ここにこそ、真の医療のヒントが隠されています。

アートが拓く、医療の可能性


「私たちは、この課題にアートの力で挑んでいます。対話型アート鑑賞は、美術史の知識を問うものではありません。唯一無二の『正解』がないからこそ、参加者は安心して自分の『気づき』や『解釈』を言葉にし、多様な視点に触れることができます。この『心理的安全性』の高い場こそが、普段の医療現場では難しい、本質的なコミュニケーションと『みる力』のトレーニングを可能にするのです。それは、患者さんの『本心』を読み解き、真に寄り添う医療へと繋がります

日本独自の感性を活かす


「さらに私たちは、日本の文化と美意識に深く根ざしたプログラム開発を目指しています。例えば、『もののあはれ』に代表されるような、はかなく移ろいやすいものへの感受性...、あるいは日本が誇る『漫画』の余白表現を読み解くスキル。これらを活用することで、予測困難な現代社会を生き抜く上で有用な、日本人ならではの豊かな感性を育んでいきます。


森永康平

(経歴等はこちらをクリック)

 

対話型鑑賞とは?


〜 次の絵画を見てみましょう〜



「この絵はダ・ヴィンチが1500年代に描いた板絵だ。スケールの大きな画面構成,繊細な立体描写,神秘的な雰囲気で,空想的な風景に座る女性を描いた肖像画としては初期のもので…」

という知識を学ぶ・教わるのが従来の美術の授業や鑑賞教育でした。

 

 一方,対話型鑑賞は,自分の眼でじっくり観て,気づきや感じたことを言語化し、周りと共有することから始まります。
 
 

「女性の右側にみえるのは橋?」

「左右で水平線の高さが違う?」


 
観ることに徹することで、初めて生まれる気づきも多いのではないでしょうか。

気づきや理解,解釈を更に深めるのはファシリテーターによる

「どこからそう思う?」 

「他に何か気づいたことは?」
 

という質問とグループでのやり取りです。
 

対話型鑑賞

(Dialogue-based Art Appreciation)


美術作品に関する事前知識に頼らず、参加者同士が「みる・考える・話す・聴く」というプロセスを通じて、作品への理解を深め、自身の感性や思考を養う鑑賞方法です。

この手法は、ファシリテーター(進行役)の適切な問いかけによって進められ、参加者全員が対等な立場で意見を共有できる心理的に安全な場を創出することを重視します。

医学教育になぜ対話型鑑賞が必要か 

 

  医学とは一見無縁な芸術作品を扱うことに疑問があるかも知れません。しかし芸術作品はそもそも言語化できない対象に対するアプローチの結晶でもあり,”解が存在しない”ことにこそ良さがあるのです。自らの観察や対話で得た定式化できない情報から、さまざまな洞察を得て医療の質向上に繋げるのは、芸術作品に対峙し、読み解いていかんとする際の姿勢に近しいものがあります。対話型鑑賞は言語力向上の訓練にもなり,問いを立て自ら試行錯誤しながらアプローチする姿勢も獲得できます。作品、そしてグループでのやり取りを通して多種多様な視点や価値観の気づきにも繋がり,これからの医学教育の題材として最適解とも言えるのではないでしょうか? 

 

 医学部の授業では,医学における高度の専門化や細分化のために医学知識の伝授に比重が置かれている現状があります。文部科学省では,学習指導要領の改訂による主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)の視点が提示されていますが、これらの教育が徹底された学生が医学部に入学してくるのはまだ先のようです。 

 社会が複雑化する中で,多様な背景・文脈を持った患者さんを診る機会は増えるでしょう。しかし,予測できない状況に対して目を背けずに自ら得たい情報を探り,患者さんの家族や医療チームとも対話しながら主体的に最適解をデザインしていく能力は今後ますます必要になります。 
 医学教育で対話型鑑賞を早期から率先して取り入れること,またそのエッセンスを日常の医学教育に取り入れることは時代のニーズに沿っていて,これまでの手法にない効果が期待できるのです。 


ミルキクの対話型鑑賞では…


この対話型鑑賞を医療従事者向けの教育に応用し、特に「観察力」「言語化能力」「多様な視点を受容する力」「コミュニケーション力」の向上を目指しています。

ミルキクの活動背景には、現代の医学生が専門知識の習得には熱心である一方で、「国語力」や「観察への興味」に課題を感じるという問題意識があります。患者の言葉による情報だけでなく、表情や仕草といった非言語情報も診療にとって極めて重要であるにもかかわらず、それらを見逃してしまう「もったいなさ」を解消したいという思いがあります。

ミルキクが対話型鑑賞を導入する主な理由は以下の通りです。

•心理的安全性の確保

アート作品には唯一無二の「正解の解釈」がないため、発言するハードルが低く、誰もが自由に意見を共有できる心理的に安全な場が生まれます。これにより、普段発言しない学生も積極的に参加するようになります。医療現場でのディスカッションでは、患者への配慮や症例の重みから発言しにくい状況があるため、アートを介することで自由に意見を交換する練習ができます。

•「みる力」の強化

患者を診る際に「どこからそう思う?」という問いかけをすることで、単なる感情的な感想ではなく、その根拠となる「事実」を作品の中から見つけ出す訓練になります。これは、医療現場で事実に基づいて病名や病態を推測し、適切な判断を下すための基盤となります。


「国語力」と「言語化能力」の向上

事実と解釈を明確に区別し、主語をはっきりさせて発言する練習を重ねます。例えば、「これは事実ですが〜」「これは私の解釈ですが〜」といった枕詞の使用を徹底することで、医療現場でのコミュニケーションの混乱を防ぎ、正確な情報伝達ができるようになります。

「多様な視点」の受容

同じ作品を見ても人によって異なる視点や解釈が生まれることを体感することで、多様な価値観があることを理解し、受け入れる姿勢が養われます。これは、患者や多職種連携チームのメンバーとの間で生じる意見の相違に対して、感情的に反発するのではなく、「納得」を追求するコミュニケーションへと繋がります。

ネガティブ・ケイパビリティの育成

「答えの出ない、曖昧な状況に耐え続ける力」であるネガティブ・ケイパビリティは、医療現場の不確実な状況に対応するために非常に重要です。対話型鑑賞は、正解のないアート作品を通じて、この力を養う機会を提供します。

日本独自のプログラム開発

ミルキクは、海外の先行事例に倣うだけでなく、日本の漫画や伝統工芸品(例:竹細工)など、日本文化に特有の題材や「もののあはれ」といった感性・美意識を採り入れた独自のプログラム開発にも挑戦しています。これにより、より多くの情報からストーリーを編み出す力や、日本の文化的な背景を活かした深い洞察力を育むことを目指しています。

国際的な医学教育の流れ

 

  世界的にも,医学部カリキュラムにHumanities(人文科学)を取り入れて幅広い知識を学び総合的に考える医師を育成しようとする傾向が,ここ30年程でますます強くなっています。これらは,以前の教育における観察トレーニングの不足や医学知識の偏重による「病気を診て人を診ない」状態への反省の結果と言えます。

 2017年に米国,カナダ,オーストラリア,イタリアで行われた調査では実に70もの大学が芸術を扱った科目を取り入れており,決して目新しいものではなくなっています。特に欧米諸国では大学敷地内に美術館や博物館を併設しているケースも多く,タイアップすることで学習の充実につながっているようです。

 所蔵の芸術作品を題材に,前述の対話型鑑賞(VTS:Visual Thinking Strategies)等の手法等を用いて,1〜2時間/回を10コマ程度,期間を絞り集中的にワークが行われているようです。 対話型鑑賞やそのエッセンスを取り入れた手法は我が国の医学教育においてブルーオーシャンであり,今後の展望に大きく期待できるでしょう。